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しばし 青き時代に 


今日は母校 徳島大学サッカー部の集まりに行ってきました
神戸より 明石大橋 鳴門大橋を通り 車で行きます

徳島は僕の生まれ育った故郷であり
町の象徴である眉山 吉野川が見えてくると
日常では忘れ去っている
いつも乾きを感じていた 青年時代の憧憬のようなものを
再びよびおこし
しばし息を止め 重なる雲にかこまれる低山を凝視し
記憶の中のそれをたぐりよせる

吉野川橋を越えれば すぐ大学の教養部グラウンドがあるので
橋を渡りながら平常心に心をフォーマットする
おバカモードには すぐ戻れるのだ

グラウンドには
大人になりきれない 
僕に匹敵しあるいは僕を凌駕する
バカ達が待ってる
やつらには クサナギ飲酒全裸事件など日常だ
(やつらの名誉のためにことわっておくが すこし 柔軟な常識人達であるには違いないが)

それも こころすこし浮き立つ 理由となる

成功者も敗者もない (歯医者はいっぱい いるけど)
サッカー経験者の 顧問教授も 18歳の新入生も
49歳の僕も
ひとつのボールを追うことは 
狩猟本能を満たし 本来動物であることを回帰させられ
青き時代にしばし帰れる 至福の時である


マラソンと違い なんのがんばり精神が無くとも
苦痛を感じるより早く ボールを追う楽しみ優先で
肉体を限界まで 追い込んでくれる

わが部の恒例で 年に3回 現役とOBチームが試合をする 
この初夏も この集まりに参加でき
いくぶんかの 安堵感を感じる

プレーの質よりも まず 90分走りきれたことに 
偉い 偉い コイケ偉い!である

夕暮れの時間には 明日もこのグランドに戻れた
時代を 振り切るように

現役が総出で見送ってくれるのを 背に
アクセルを踏んだ 
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ランカウイ島旅行記 :熱帯雨林




強い太陽 多い雨
ジャングルは植物にとって生存が容易な理想の環境なのだろうか

はたして 必ずしもそうではないようである

日本橋で新しく家電屋さんを開いたり 
道頓堀で くいもの屋を新規オープンする困難さと同様に

ジャングルで生存することは どの植物にとってもおだやかな事ではないようだ

ここマレーシアは熱帯雨林ジャングルだが いったんジャングルの中を覗くと
中には直射日光はほとんどない
暗がりに近く 蒸し風呂状態なんだ

背の高い木々が 高いテッペンだけ 枝をのばし びっしりと葉をめぐらす
それは おのれが生きるに足りる光を受けることだけではなく 
ライバルとなる木々の生着 生育を促す太陽光を遮断することを示唆する 
実際 高い木々の下は太陽光は少なく 高温多湿となり シダ コケ類の好生存場所となり 太陽光を得る高さの木々のみ より高く成長し 生存することができるのだ


絞め殺しの木というのがある(写真1)

鳥達によって運ばれ高い木の光が届く枝葉に種子を落としてもらう
まず 生きるための第一条件 太陽光を得る作業をなりふりかまわずおこなうわけだ 
その後 長い根を地面に伸ばして水分を確保し生育していく
やがては宿主となる木とその場所で生きることをかけて戦うわけである 


僕は このジャングルで 新しく種を落とし 生命を得 根をつける 植物の事を 想いうかべる

僕自身 四国の徳島で生まれ 大学も徳島だった
この見知らぬ地で種を落としはるか遠くに来た想いはある



けっして 闘争の歴史や悲壮感など 感じもしなかったけど
(すこし しめたやつも いるのは いるかな)

振りかえれば  鳥のうんこに運ばれ 運にまかせた けなげな 一片の種子 だったことを痛感する

どうやら そーとう 能天気で楽天家の種子だね



さてさて
ランカウイ旅行の一日は マウンテンバイクで ゴム園や あぜ道を走り ジャングルの中の道を駆け抜けた
途中でのとうもろこしやナッツのかかった氷ミルク(1リンギット約30円)を食べたり
最後は 民家に招かれ家族とともに夕食をいただいた

果敢に右手だけで食べた 
ありがたかった 感謝 感謝!
どんどんお皿に いれてくれるので 焦った 
さすが 我家族のメンバー 自分の皿はすべて 残さずたいらげていた
どんな 集団にも どんな家族にも
わずかながらの美点はあるようだ

アンダマン海




迫るGWの1週間前 知り合いの旅行会社に 4日しか休みをとれないので 近場のビーチになんとか なんらないかと 相談したら
さかな君みたいな 高い声で 「ありますよ~!」と返事いただき
即決

GWの旅行で マレーシア アンダマン海に浮かぶランカウイ島にいってきました

マレーシアの歴史的背景から話せば (これが 大事)

マレーシアは過去にイギリスの植民地だった
その後大戦の後は 日本に侵攻された
やがて日本も二次大戦で敗戦国となり
結局は 日本の侵攻は ある意味 欧州の白人支配からの独立のけっかけとなった

その時点ではアジアの国々は同じスタート地点に立った訳だ

ご存知のとおり 我々の親の世代のがんばりにより 
奇跡的復興を日本は遂げた


1981年にマレーシアの第4代首相に就任したマハティールが提言した政策でルックイースト政策 というものがある
Look Eastとは、日本の集団主義と勤労倫理を学べというマレーシアの政策である

とにかく 過去に侵略された歴史がありながら 日本をリスペクトの対象とし なりふりかまわず 経済成長を目指した偉大な指導者を持つ歴史があり それを達成した国となった
他の東南アジアの国々とは そこし違った落ち着きをこの国には感じられる理由がそこにある

言葉を変えれば 混沌とした 喧騒感は 無いものの 反日感情は少なくとも マレー系 インド系の人々には少なく
極端な貧困も ぼったくりタクシーも 空港での詐欺的 ラゲージ運び屋もいない

しかし かけまわる鶏 道路をわが物ののようにかっ歩する 水牛 、牛の群れ 夜の闇の深さ 静けさ それでいて絶える事の無い虫の音 必ずやってくる約束ごとの暖かい雨 そして雨
やはり 僕の大好きな アジアの熱帯なんだ
間違いなくこの島では 時間は穏やかに流れている

空には 少年期に感じた これから夏休みが始まるぞー!的 積乱雲

これだけで この地に来てよかった そう思えた(写真1 参照)

事実上この4日が僕の 今年の夏休みかも しれない 
まるで 蝉みたいな 短期決戦的人生やな なんて 思いつつ
それなら 命の限り 鳴きとうしてやるー!! などと意味のない
決意をする

ホテルのある ザ アンダマン ランカウイですが
すばらしいプライベート ビーチがあり
なぜか いちびって 海に 攻撃するのは 小池家 父娘しか
なく 文字道理の プライベートビーチとなり この浜辺を独占できる贅沢を味わいました(写真 2 3 参照)

よせては返す波は 地球の鼓動 脈動に感じられ
そこに身をまかせるのは おおいなる揺りかごに ゆられる想いだった
(ピンク フロイド 原始心母 大好きなんだ 聴きながら 想像してください)


つづく



 
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