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牟岐大島 カヤック航海記

IMGP1923sss.jpg
秋の海は 情の深い女である

三行半をつきつけられて 背中を向けて 去っていった後も
遠くでまなざしを向けてくれる女

そんなふうに 
冷たい風に吹かれても 秋の海は 夏の体温を残していて
ただただ 暖かい
それは 未熟な カヌーイストの僕には 
心穏やかになる 大きな要因となっている

不安材料はそれ以外すべてであるのだが・・・・



今日 僕は カヤックで海へ出る
末席のシーカヤッカーの僕的にも
かってからのあこがれだった 牟岐大島に 挑戦だ

僕はガキの頃は徳島で育ったのだが
地方公務員であった父は転勤が多く
小学生の3年間 
牟岐という 徳島県南の田舎街で育った

JRの駅もその町が終着点で
引っ越し先の公務員宿舎は
蒔きで炊く 五右衛門風呂に 
くみ取り便所のあばら家で

「最果ての街に 流されてきたのねぇ」
なんて 母が ぽつりと 呟いて 
駅の近くだった公務員宿舎では
終着列車の 踏切の音だけが 
無表情に響いていたのを 想い出す


能天気な僕には あの街の駄菓子屋の 甘納豆はどこまでも甘く
夏祭りの花火は 
どこまでも 高く 美しく散っていった記憶しかないのだが・・・


我は海の子を 自認する その町の少年が 
海を望む度に そこに悠然と坐していたのが 
出羽島であり
大島であった
それは 僕らの憧れの地であった


IMGP1938sss.jpg
大島はガリバーが横たわっている様に見えたので
少年達の中ではガリバー島と 呼んでいた

そこの海には 足を刺しにくる 巨大な 毒をもつウニがいる
などという 田舎伝説に僕はビビっていた
そして 今日もこの 太平洋という外洋の波にビビっている

出発地点から 沖7kmにたたずむ 牟岐大島は
すぐそこにあるみたいにも見えたし

モスラの住む到達することは不可能な南海の孤島の様にも見えた



その名も クーマンラマン人力旅行社
それが 今回僕を導いてくれる ガイド 杉本さんの会社の名前だ

ガイドの杉本さんは無口な 鉄人である
訳あって 参加者は僕だけで  二人旅 
そして 二人 人力旅である

牟岐大島  出羽島 と回って 
少年時代を生きた街
牟岐に着いた 

20kmほどの 波に揺られて 風に吹かれての 旅であった
はずかしながら 緊張のため
口はからからであった

わかった事はいくつかある・・・

少年時代に過ごした街は
小さな 本当に小さな 街であり
あこがれの島々は ちいさな ちいさな 島である事IMGP0084sss.jpg



少年の頃 命がけで 当時の最高速度を求め
前傾姿勢で自転車で駆け下りた 急坂は
意外となだらかな坂であった事

それでも海は大いなる外洋であること




おおいなる オヤジになって
この外洋から 
小舟に身をまかせて
あの街へ帰ってこられたことは

ある意味
大いなる凱旋
僕にとって錦を飾ることなのだと感じる

どっこい 約半世紀経っても 
僕は 愚直ながらも 生きているぞってね
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