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イスタンブール

2013年4月30日

イスタンブールに到着する

空港より 市街へは メトロで向かうこととした
メトロの切符を買うにあたって 不親切な自販機に苦悩するが
トルコ人が群がってきて 教えてくれた
 
機械は旧式かつ不親切だが 人間はやたら親切なのだ 
いきなり トルコ好きになったぜ!

メトロと言いながら すぐ地上に出てしかも 
車や通行人とバトルを繰り返しながら進む
このメトロは事実上路面電車なのだとわかった
歩道すれすれに このチンチン電車は走る

メトロにあわせて 街はできてない
はるか昔にできた無秩序な街にあわせて
電車が不合理さも気にもしない能天気さで走る
   
増大したエントロピーにとりつくろった システムの応酬が
この街の 猥雑さを形成している


市街に近づくにしたがって人が こみだして メトロは窒息的混雑となった

大きな スーツケースを持つ僕達は 
明らかに 顰蹙(ひんしゅく)を買っていた
剃りこみ サングラスの 兄ちゃんが 僕をにらむ

意図せずあらゆる権威 権力に対して 敵を作る傾向にある僕は
またかという感じで トホホな気持ちになる

ところが どこに行くんだと聞かれ
僕が降りるべき駅は あといくつかなどと 丁寧に教えてくれたし
その駅についたときは 人ごみを 押しのけ 退路を確保してくれた
いいやつじゃん 友達になれそー!

手のひらを返したような 心境変化

電車の窓から外は
洋館に石畳
ここは将にヨーロッパなんだ 
しかし 往来にあふれる人の数 怒声に近い物売りの声
混沌とした アジア的喧騒がここにはある

なるほど 昨日今日にできた 都市ではないことがすぐわかった

僕の非日常メーターが おおきく振れる


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僕たちのホテルは 海峡に近い 海の香りがする

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ランニング日記 砂漠編

2013年4月29日 ドバイ2日目

砂漠のホテルの周りは 砂漠である
当たりまえ体操のネタにできる様なこの事実に
僕はすこし コーフンした

当たりまえのように 視野に180度広がる地平線が存在するのである
地平線に向かい ひたすら走ることは 落ちこぼれランナーの僕としては
闇深い心の深淵で切望する行為なのである

で 無謀にもトライしてみた。
灼熱の太陽の下 砂漠をまっすぐに走る 
地平線に存在する小さな道路標識を目標に道路に沿って砂の海を走り出した
僅かの地平の 起伏の高低により 地平線の位置は上下する
ほんの小さな丘を越えると 突然 新しい地平線のある新しい風景に出逢う
僕の人生も まだまだ続きそうな そんな気になってきた
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時を忘れて 走りすぎた
こらから引き返し 元に戻れるのかという 不安もさながら 
次の風景を自分の足で開拓したい衝動で 足が進む
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わかった事がいくつか 
水平線ぎりぎりに存在する目的地はだいたい8km走れば到達すること
偉大な母 地球は意外と小さいのだ
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非常に矮小な自己満足ではあるが 
振り向けば 砂の海に 自分の足跡しかないことは快感である 

砂漠のホテル

ドバイ初日 午後


一日が やたら長い
朝5時から ドバイ市内で活動
午後3時  まだ 太陽は空の真上に鎮座している
 
我々のドバイの宿 砂漠のホテルに向かう時間だ
砂上の楼閣の街を後にして 空港に預けたバゲッジをピックアップして
タクシーで砂漠のホテル バブ アブシャムズ リゾート ホテルへ

ホテルの送迎は片道15000円もかかるみたいなので
リスクを承知でタクシーを選択(約半額)
気のいい エジプト人が運転手だったのでほっとした
雑談しながら 約1時間 
風景は5車線の高速道路から 風景は砂漠へと変化してゆき 
摩天楼は はるかかなたと消えてゆく

バブ アブシャムズは 有名な高級ホテルで 1泊10万円以上するのだ
そこを 巧みに これもリスク承知で
アゴダという 2ちゃんねるで非難もされている
外資系ホテル安売りサイトで 半額以下の料金を引き出し 予約したのだ 
それでも 高価ではある 

でも 砂漠のディズニーランドよりは 
アラビアン・ナイトを感じられる場所を僕は選んだのだ

道路が 砂の地平線に続くようになってきた 
砂以外は何もない風景に変わり
そして ちいさな オアシスに立つ 砦のようなホテルに着いた

さすがに 雰囲気のあるホテルである

アラブでは石油より高いと言われる 水で満たされた
バスタブにつかるという 当たりまえのことが
この上ない 贅沢と思われた

この ホテルのコンセプトは
他のあらゆる生物が 生存をかけて しのぎを削る
過酷な砂漠という文字通り不毛な環境で 
都会では あたりまえの
生活ができるという 贅沢を 味わうことのようだ

寒い冬に すっごい暖房して 裸でかき氷を食べる幸せ・・・みたいな
ゴメン たとえが 下手だったね

ホテルの部屋から沙漠に沈む夕日を見ながら
明日は砂丘に 足を踏み入れてみようと 心に決めた

長い 長い 一日が やっと終わろうとしている
そして 穏やかな僕のはじめての漆黒のアラビアン ナイトが
訪れようとしている
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無機質な未来都市 ドバイ

はるか彼方イスカンダルへ 時空を飛び越える方法が 
凡庸な僕にも存在する

眠るということだ 

この睡魔のいざないに 降伏するだけで 
明日には中東の砂漠の街に僕は立つ
 
それは僕にとっては数光年の旅だ

飛行機のエコノミーシートにうずくまる様に眠る
眠りは時として 少年の日の夏休みの初日の真っ青な空に 
トリップさせてくれる

能天気な僕の夢は いつも現実とはうらはらに ハッピーエンドだ
関空深夜発のドバイ行きのエイミニレーツ航空
僕にとってちょっと きつめだが 素敵なゆりかごだ

僕が手にした格安確約航空券はイスタンブール直幸便ではなく 
ドバイ経由だったため
2日ほど 富豪の国ドバイで 豪華絢爛な時間なぞ 享受してくれよう
そんな選択は 能天気な僕にとって 必然だったと思われる

眠りから覚めれば朝5時のドバイ空港だった
猫の額ほどの僕の活動エリアより
時空の裂け目より 迷い込んだアラブの世界だ

サングラスにピンクのコットンパンツの僕に 
ガンダムスタイル?と言われた
Yes I’m Japanese animation hero!と答えてはみたが 
どうやらカンナムスタイル!と言われたことに気がついて苦笑した
どうやら 最近は アジア人といえば 韓国人か中国人なのだろうか

僕のアゴラで予約した 割引砂漠ホテルは市街から50km以上離れた
場所にあり チェックインまで10時間ある
スーツケースを空港の荷物預かり所に預けた

いざ 未知の惑星ドバイにて メトロに乗って行動開始である
切符の買い方を駅員に聞いた
色は褐色の男前の若者だ シリア出身だそうだ

メトロは 清潔で新しい
一方 乗客はアラブ色 一色と おもいきや
肌を露出した 白人
黒人に アジア人
勿論 髭を蓄えたアラブ人もいるが・・・
しかし 地球人を適当に 抽出して
アイポッドにいれてシャッフルしたみたいな割合なのだ

地下鉄から 降りて 一歩地上にあがれば 
夜明けすぐとはいえ 灼熱の太陽を感じる
往来は歩く人はなく やたら 車が走る 日本車が多くすこし嬉しくなった
ジパングという太陽は沈みきってはないのだ 

影踏みのように 建物の影を伝って 見知らぬ路地を歩いてみる
しばらく そんな風に歩いた後 
たとえ 旅は歩いてなんぼ の基本があるのは事実だが 
こりゃ 殺人光線の下に立つのは無謀だと 気がつく


やがてタクシーをひらった (タクシーはかなりの数がある)
他の物価に比して タクシー代はそう高価ではなかった
エアコンの効いたタクシーをドバイクリークに向かわせる

この街は どうやら オイルマネーで冷やしたカプセルに身を包まないと
生きてはいけないみたいだ 

ドバイクリークに着くとアブラという 小舟に乗ってみた
すこしやけくそ気味な ジャパンマネーで 
アブラを貸し切って(3000円ほどだった)
小舟で砂漠と海の風に吹かれてみる

娘はバングラディシュ出身という 
アブラを操縦する若者ともう談笑している
妻は小舟に寝そべって 小舟とともに揺れる風景に身をまかせている

仕事ずけの囚われの日々から逃れた10日間が 
ほんとうに始まったという 実感が湧いてきた

この湾を見る限り 香港みたいなのだけど 
沿岸に筍みたいに不規則にそびえる ビル
ひとつ ひとつは それぞれビジネスチャンスを求めて投下された
資本によってなりたっているのだろう
そのすべてがうまく機能しているのか 疑問に思えた
ダウンタウンの混沌とした中にある秩序よりも 
危うく思えた

チャドルに覆われた狭間に見え隠れする顔は
灼熱の太陽との 長年の闘いの証の様な 深いしわと
頑固さと 意志の強さを 誇示した 髭

あえて 不毛の地に生まれた事を 運命として受け入れている強さを持つ
そんなアラブの民の風貌を持つ者は ごくわずかであろう

そんな風貌はむしろこの国の8割を占める 外国労働者の中に
見うけられるように思われる

日本に侍がいなくなっているのに 似ているのか

長年の不毛な 太陽との闘いの
見返りに 砂漠の町に 化石燃料を与えたことは
アラーの神の 配慮なのか

オイルマネーで 砂漠に 虚構の街を構築することは
何か間違っているように思われる
砂漠に噴水のあるリゾートや
水族館のあるショッピングセンターを作るのと
苦労して 山岳地に棚田を作ることとは 根本的に違うと思うのは
僕のひがみだろうか

この街は 生きていない 無機質な死んだ街だ
維持するだけで 高いコストを要する
活断層の上に建てられた 廃炉となった原発を思う

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写真1 砂漠のコンクリート
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写真2 ナブラに揺られて
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写真3 イスタキア歴史地区にて  かくれんぼできそうな迷路構造

ドバイモールや 高層ビルは 興味なし でした

旅のいきさつ

この春 一人娘の大学受験があった
家業を継ぐべく 歯科大学を受験したのだが ことごとく失敗であった
威厳という意味では 父親らしさのなど 
これっぽっちも持ち合わせていないのだが
合格発表当日までは 時間の密度がすこしずつ 大気に圧力をかけ 
それを 呼吸するのが 重々しく 感じた
すこしは 親らしく心配もするのだ
(どうだ すごいだろう そうでもないか・・・)

発表時刻には 春先の すこし季節はずれぎみのスキー場に僕らはいた
水分を含んだ重いボードシューズを脱いで ネットに接続して 
娘と二人して結果を検索する

娘の視線は 小さなディスプレイという 掲示板の中で 何度も泳ぐ
どこにも 彼女の受験番号はない
少なくとも彼女の社会的な 居場所もなくなったことがわかった

その瞬間 次の方針が決まったせいか 重い気分が一気に 消失した

受験をはじめとする 資格試験の怖さは 
もう一度やり直す徒労の始まりの辛酸ではなく
自分の夢をあきらめる選択を強いられることである

大人とは 青春という執行猶予期間に結果を出せずに 
裏切られた若者の姿だと言う人もある
 
娘の場合 彼女が望めば 何年浪人しても
何度やり直してもいいのだ
本意でないとしても方法論としては私立大学だってある
僕の時とは経済状況がうんと 違った
(僕は大学2年の時に父は退職し年金生活者だった)

中高私立で あらゆる塾も網羅していた娘
その教わり上手な 勉強方法に疑問を持っていた

学問とは 個として書に向かい 自然界に向かい 自己と向き合い
自問自答しながら行うもの
そして 生涯続くものであるべきだ

自然科学者の資質 臨床家の資質はそうして 培われるはずである

予備校には行かず 群れずに一年すごそう

それが 今後の方針なのだ

そして 仕切りなおしに 家族で 10日ほど旅行にでも行こう
かねてから 望んでいた イスラムの国 イスタンブールに行こう

口ほどもなく なんともヌルイ
冥府魔道の道を行く親子であった・・・ 



そんな ところが GWに イスタンブールに行った
旅行に行くことになったいきさつなのだ

明日から 5日に分けて 久々の ランニング旅日記の再開です
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(写真は砂漠の オアシスの木に 羽休めをする 一羽の鳥です)
プロフィール

朝霧インプラントセンター コイケ歯科医院

Author:朝霧インプラントセンター コイケ歯科医院
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